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あかりんに初めて会った日のこと

感想文
阪急電車に乗って兵庫県立芸術文化センターへ。今日は、あかりんを観にいく日。

今年は足かけ4年でももクロに会え、こうしてあかりんにも。不思議な年だ。

観劇の経験は片手で足りるほどで、開演まで落ち着かずキョロキョロとしてしまう。
案外女性が多い。子ども連れもちらほら。みんな誰を目当てに来たのか全くわからない。
買ったパンフレットを読んでいる人が多い。
どさっと渡されるフライヤーの束や。
舞台上には、こじんまりとした小さな岩山がいくつも置かれている。


コントラバスの音が小さく聞こえ、それが開演の合図だということに時間差で気づく。
男性が一人横切り、そのあとに白い服を着た人が続く。それがあかりんだった。


裸足に見え、双眼鏡で足元を見ると、トウシューズのような色の靴を履いていた。危ないもんね。

ねじれた階段を登り、天を見上げ父と話すあかりん。神の娘。
髪、舞台のために切ったんかな。ウェーブのかかったショートヘア。よく似合ってる。丸みを帯びた輪郭。紛れもない早見あかり


正直、わたしは舞台に苦手意識があって、どう観ていいかよく分からない。
表現がオーバーで感情移入できないし、持っていかれた大道具の行方が気になったり、その世界に慣れるまでにとても時間がかかる。数を見ていけば慣れるものなんだろうか。

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ただあかりんを観にきたヲタでしかないけど、見終わるころにはあかりんを早見あかりではなく、神の娘アグネスと思えていたので、こんな感じで良かったのかなと少し胸を撫で下ろす。
なんだかんだ言って、少し泣いてしまった。

これでもか、これでもか、というほどに人間の憐れさを説き続けた末、その泥の中からとてもきれいな花が咲いた。

しかし、人間嫌いになりそう。
小さい子見にきてたけど大丈夫だったんだろうか、と余計な心配をしてしまう。
 
神の子らしく無垢で天真爛漫なアグネスが、人間界に染まってだんだんと意地悪さが出てくるのを見ているのは心が痛かった。(人間界に降りてからは、青いショールを羽織っている。)
ただ座ってウンウンと人の悩みにまんまるな目を見開いて耳を傾けていたころがなつかしい。
結局、天へと還るけど。

目の前で繰り広げられる人の憐れさのすべては、自分のものでもあって。
だからってどうすればいいのか。 

それが人間だ、と開き直ることしかできないけど「善良な市民」の顔をしてのうのうと暮らしているよりは、歪んで、ねじれて、それでも夢を見たりするような、どうしようもなく矛盾を抱えながら生きていく方がよっぽど人間らしい。

アグネスはしあわせだったのかな、と思い、別にどうでもいいや、と思いなおす。
生きるってそんなきれいごとじゃなくていい。
最後笑ってたし。
何より、あんな美しい花が咲いたし。


拍手をしながら、こうして直接賞賛を伝えられるってなんてステキなんだろうと思う。
前の方でサイリウムを振っている人が見えたり、あかりー!という野太い声も聞こえる。
みんなあかりんにたくさんもらってきたんだろうな。

入り口に、ファンの方からと思われる花があり、「祝   早見あかり様   幸せでありますように」という言葉が書かれていた。
短い中に、凝縮された思いが感じとれてグッときた。
駅へ向かう道、さりげなくエビ中のりななんのジャージを着ている人が前を歩いていた。


感想というほどのものでもないけど、早見あかりに初めて会った日として、今日のことを記録しておきたかった。


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森山開次さんことも書いておかないと。
舞台上であかりんと同じくらい、人間離れしていた。ふり乱れる金髪。無駄のない肉体。声もすてきだった。