不定期連載 さゆみんとわたしとウクレレ 第3回『lonlyness tokyo』

AmDm x3

Loneliness Tokyo WOW WOW x3

AmDm
Loneliness Tokyo OH OH

DmF  x3

夢見る夢見るx3

CGm
諦めそうな現実

DmF  x2

泣きそう泣きそう OH x2

CGmDm
帰りたくもなるよ OH

GmCAmA

宇宙 眺めて AH

GmCAmDm

愛しているけど 大好きなんだけど

GmCAmD7
寂しい夜もあるし

GmCAmDm
まだまだすること たくさんなんだけど

GmCDm 
わかっているから

GmCD

ここで逃げ出せない

AmDm x3

Loneliness Tokyo WOW WOW x3

AmDm
Loneliness Tokyo OH OH

DmF  x3

甘えたい甘えたい UH x3
CGm
素直じゃない毎日

DmF  x2

叫びたい叫びたい AH x2

CGmDm
正直になれない OH

GmCAmA

愛 美しい AH

GmCAmDm

抱きしめたいけど 近くにいたいけど

GmCAmD7
遠い夜もあるし

GmCAmDm
まだまだ準備は たくさんあるけど

GmCDm 

少しずつだけど

GmCD

塗りつぶしていくわ

GmCAmDm

抱きしめたいけど 近くにいたいけど

GmCAmD7
遠い夜もあるし

GmCAmDm
まだまだ準備は たくさんあるけど

GmCDm 
少しずつだけど

GmCD

塗りつぶしていくわ

GmCAmDm

愛しているけど 大好きなんだけど

GmCAmD7
寂しい夜もあるし

GmCAmDm
まだまだすること たくさんなんだけど

GmCDm 
わかっているから  

GmCD

ここで逃げ出せない

AmDm x3

Loneliness Tokyo WOW WOW x3

AmDm
Loneliness Tokyo OH OH

 

※のDは2220より2225 の方がエモいです。

カーネーション感想

聡子に負けないくらい泣いて、完全に鼻がつまって口呼吸しかできず。「泣くことのほどちゃう」という声がどこからともなく聞こえるような。

一人の生き方というより、その人が周りをどう愛したかのほうが記憶に残るドラマだった。

誰かを愛した分だけ、自分の周りに花を咲かせることができる。目に映る世界を輝かせることができる。

 

お母ちゃんについて

たくさんの見どころのある女性が登場する中で、わたしが一番憧れたのは麻生祐未さん演じる糸ちゃんのお母ちゃんだった。世間知らずのお嬢さん育ち、普段はぽーっとしているようで、いざという時は守るべき者をしっかり守れる強さも持っていて。何よりどこまでも優しくて。前に道重さんがラジオ番組*の中で「かわいい」より「かわいらしさ」がある人になりたいという話をしていたことを思い出した。わたしも糸ちゃんのお母ちゃんのような、かわいらしい人になりたい。(私が全話を通して最も好きなのは127話の善作さんにお酌をする場面でした。)

(*こんうさぴー420回 https://dai.ly/x29tfp2 18:48ぐらい〜)

末っ子について

同じ三姉妹の末っ子に生まれた身として、聡子に完全に肩入れする形で見守ってきた。全ての末っ子がそう感じるのかは分からないけど「自分が生まれる前の家族の記憶」という、どうしても手に入らないものがあって、そこだけ色の塗られていない塗り絵みたいな寂しさを末っ子はいつも携えてきた気がする。だから、聡子がずっと続けてきたテニスを辞めたいと話した時の「もう寂しい」という言葉。十何年分の重みをやっと外に出すことができたんやな、ってホッとして涙があふれた。

ロンドンに行きたいことを告げた時、皆からすると「この子急に何言い出すねん」という感じだったと思うけど、聡子にとっては全然急じゃ無かったよね。ずっと考えてきたことを、やっと言う時が来たというだけで。誰にもよう相談せんかったっていうのもすごくよく分かる。お姉ちゃんに相談するにも、どっちに?ってなるし、話したところで決めるの自分やし。

飄々としているように見えて実はしっかり周りを見てたり、実はほんとにただ飄々としていたりするよね。でも、なんだかんだでやっぱり末っ子は得だと思います。

 

おわりに

Twitterでおすすめ頂いたのと、祖母が小篠さんと同級生だったということを母から聞き、祖母が生きてきた時代を知ってみたいという思いとで見はじめた『カーネーション』。

岸和田在住の、今は高齢者住宅にいる叔母に会いに行くと「カーネーション見てる?」という話になり、そこから昔の思い出を聞かせてもらったりできたことも嬉しかった。(叔母は奈津ぐらい気高い。)

 

他ならぬ私も、祖母が残してくれた花の一つで、その愛が今も生きていることの証になるというのは、それだけでもう奇跡みたいなこと。

しかし、最後の最後まで全部救っていったのはすごかった。あーもっと一人ずつ感想書きたい。みんな大好き。思い出し泣きしそうなのでこのぐらいにしておきます。明日きっと目腫れるな。

 

見られてよかったです。

 

おおきに。

 

さゆみんとわたしと東京

4年前の横浜アリーナ。これを超えるものは、後にも先にも無いだろうと思ってきた。再生公演も宿命公演も素晴らしいものだったけど、横アリとはまた別物だった。今日目にしたステージは、それを超えてしまった。

 

「東京」に何の縁もゆかりも無いわたしにとって、この都市の思い出といえばさゆみんにまつわるものばかりだ。

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今回は前のりをして、荻窪、中野、上野を訪れた。いつかこれらの土地に思いを馳せるとき、そこには今日のさゆみんのシルエットが必ずやセットで映し出されることと思う。

曲によって幼かったり大人っぽかったり、目まぐるしく変幻するさゆみんを見ていると、ここがどこなのか、わたしは何をする人なのか、どういう時代を生きているのか、そういった一切の感覚を失う瞬間がある。ステージにこれまでの歳月を投影し、過去と現在とがごちゃまぜになったわたしは、何が何だか分からないまま気がつけばぐしゃぐしゃに泣いていて、声を出さないようにするのが精一杯だった。のぼせた顔に吹き付ける秋風が心地よかったことを、またこの季節が来た時に思い出せたらいいなとライトアップされた東京駅を見ながら思った。

さゆみんを見ていると心から安心できる。世の中のうつくしいものを全部集めると、きっとこういう形になるんだろうなと本気で思ってしまう位すばらしい空間があって、それをわたしと同じように好ましく思っている人たちがたくさんいて。だからこの世界は大丈夫だと、信じるに値するものなんだ、と一つずつ確かめるように。そして、わたしもその大丈夫な世界の一部でありたいと、図々しくも思ってしまう。

 

人は孤独であり、その寄せ集めでできている都市もきっとまた孤独である。お互いの孤独を差し出すことによってこの「東京」は形成されているのだろうか。新幹線の車窓を飛び去る普通の明かりの一つ一つが、いつもより儚げで切実に見えた。

 

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メルタンと子パンダについて(前編)

メルタンについていろいろ考えを巡らしていると、とても140字に収まらなくなりそうでとりあえず書きはじめてみます。

 

事の発端はこの間の土曜日。いつものようにポケモンGOをしていると、突如として見たことのないやつでいっぱいになりました。

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第一印象は「殺られる...!」でした。無機質なフォルム、お尻から出た謎の赤いコード。何より数が多すぎる。その反面、久しぶりにゲームをしていてワクワクしました。ゲームの攻略法などそこかしこに落ちている時代に於いて、この子については世界中の誰もが平等に知らない。

恐る恐るモンスターボール(正確にはより捕獲率の高いハイパーボール。)を投げると、そいつはメタモンへと姿を変えました。

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なんだ、メタモンか。開催されていたコミュニティ・デイの終了と同時に発生したため、バグか?という噂もツイッター上では流れていました。大量発生は時間の経過と共におさまり、一体何だったんだろう?という疑問と、何体かのメタモンだけがプレイヤーの手中に残されました。

 

それから2日後の火曜日、謎のポケモンの名前が「メルタン」だということが公式から明らかになりました。

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名前を知った後のわたしの反応は、このウィロー博士の言葉にぴったりと重なります。メルタンか!良い響きだ...!

恐怖の対象でしかなかったものが、一瞬にして愛すべき存在へと成り変わってしまったことに心底驚きました。名前がつくことで、そしてその名前が「メルタン」という響きをもつことで、こんなにも印象が変わってしまうものなのかと。

 

そこで思ったこと。

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(※メルタンの顔、正しくは内側円形です...。)

名前をもたないポケモンは怖いけど、名前をもたない子パンダはかわいいのはなぜか。

 

先に考えること

①名前が分かる前のメルタンをなぜ怖いと思ったのか。

②名前が分かった後のメルタンをなぜかわいいと思ったのか。

③子パンダは名前が分からなくてもかわいいのはなぜか。

④すごい変な名前をもった場合、ポケモン・子パンダの印象に変化はあるか。

 

以上をもとに、原因究明を続けてみたいと思います。

 

 

※お詫び:ここでの「こわい」「かわいい」は、もの凄い主観に基づくものであり、あくまで個人のための戯れな分析です。ご了承お願い致します。

『SAYUMINGLANDOLL~宿命~オリジナルサウンドトラック』に寄せて

はじめに

2018年7月、1枚のアルバムが一般発売されました。(会場では4月より先行販売。)

natalie.mu

舞台本編を見ていない方や、「元モー娘。」としか道重さゆみを知らない方にこそ届いてほしい。しかしサウンドトラックという性格上、リスナーが限定されてしまう...。

2018年を生きていて、このアルバムを聴かないのはあまりにもったいない。

そうデカデカとゴシック体で書かなければいけないほどの名盤、というより、ただこの作品が楽しくて大好きなので、私情だらけの全曲レビューを投稿してみることにしました。

 

全曲レビューいってみようやってみよう

1.SAYUMINGLANDOLLオープニングテーマ~キラキラは1日にして成らず!~

(作詞:つんく 作曲:つんく 編曲;大久保薫)

「キラキラは1日じゃ成んねえ!」という超強気な歌詞に、これほど説得力を持たせられる人物が果たしてどの位いるだろう。さぁ道重、これならどう来る!?と楽しそうに笑うつんくさんの表情が見えるよう。その期待に応える、弛みなき影練。今日という一日限りのショーが幕を開ける。職業「かわいい」ここにあり。

 
2.朝のfashion show

(作詞:樹林伸・Anju    作曲:Anju    編曲:大久保薫

ピチカート・ファイヴの「パーフェクト・ワールド」に次ぐ、目覚ましソングの名曲がここに爆誕。めちゃくちゃネガティブなわたしでも、今日は何もかもうまくいきそうな気がしてくる。

 

3.自分に向かって、ウィンクひとつ

(作詞:樹林伸・Anju    作曲:大久保薫  編曲:大久保薫

「よし、今日も可愛いぞ!」という強力な魔法が生み出す、目がくらむほどの自己肯定。誰よりも私が私を知ってるから、誰よりも信じてあげなくちゃ。

 

4.ありえない遊園地

(作曲:大森靖子  作曲:大森靖子  編曲:大久保薫

他者の介入により、完璧だった世界が少しずつありえなくなっていく。白と赤のコントラスト、疾走する景色と忌避感。こっちの部屋もまだあったのか、というお化け屋敷のような怖さを聴くたびに覚える。「行列並んでお喋りはきっと 私ばかりになる」という歌詞の真意がずっと掴めずにいる。いつか意味が降りてくるまで反芻したい。

 

5.ダーリン、寂しいな

(作詞:つんく  作曲:つんく  編曲:大久保薫

ここに来て直球ど真ん中。音ゲーの神業プレイを視聴しているように、スパーン、スパーンと的確に当てられるアイドル性が心地よい。「え〜んえ〜んえ〜んえ〜ん」というあまりに幼い歌詞は、再生後の"大人かわいい"道重さゆみ像に一石を投じるかのよう。個人的な願望を言うと、いないいないばあっ!でこの曲を歌ってみてほしい。キッズに囲まれ満面の笑みで歌うところを。(赤ちゃんなのかなぁ...。)お好みのコールを心の中で叫びながら聴くのがおススメ。

 

6.キャンディーボックス

(作詞:樹林伸・Anju    作曲:大久保薫  編曲:大久保薫

赤ちゃんからレディへの見事なイリュージョン。ビッグバンドに縁どられた華麗なステージで気ままにステップを踏む、世界で一番可愛いさゆみをご賞味あれ。

 

7.EIGAをみてよ

(作曲:大森靖子  作曲:大森靖子  編曲:大久保薫

中毒と言ってしまってもいいくらい鬼リピしている。この曲がオープニングの劇場アニメが見たい。いや、この一曲だけで映画一本見終えたような聴きごたえがある。台詞パートは「シャボン玉」へのオマージュか。劇場と激情。一人でも多く、この世界に触ってほしい。

 

8.ガールズウォーク

(作詞:樹林伸・Anju    作曲:大久保薫  編曲:大久保薫

インスタ映えを絵にしたような曲。強めに鼻にかかった声が甘さを増し増し。サビの「ガールズウォーク」と韻を踏むために、その前の「キラキラする街で 」と「スキップするように」の「する」が信じられないほど駆け足で発音されているところが愛おしい。10代のさゅぇりってこんな感じだったのかなぁ。(もしくは今も。)

 

9.サンセットドライブ

(作詞:樹林伸・Anju    作曲:大久保薫  編曲:大久保薫

楽しさと寂しさの入り混じった気持ちに、マジックアワーの空色が重なる。「ありえない遊園地」のスリリングなドライブとの対比がおもしろい。陰と陽。ロールパンナちゃんとメロンパンナちゃんみたいな。

 

10.美味しい罠に気をつけて

(作詞:樹林伸・Anju    作曲:大久保薫 編曲:大久保薫

優雅な3拍子をゆったりと歌い上げるほろ酔いさゆみん。こんな人に「どうにでもして」なんて言われてしまったら...困惑の極み。心配で仕方がない。気をつけて。

 
11.エンドレスナイト
(作詞:樹林伸、AnJu / 作・編曲:大久保薫)

日はすっかり落ち、透明な夜空へ。アルバムを通して甘味、酸味、塩味、苦味、うま味という五味が感じられる中で、これは甘くて苦い食後酒。

 

12.I'm only...so lonely lovely girl
(作詞:つんく樹林伸 / 作曲:つんく / 編曲:大久保薫)

星は闇があってこそ光をたたえることができる。ゆえに孤独で、ゆえに美しい。誰のためでもなく、ただ静かにキラキラと。つんくさんの仮歌がそのまま聞こえてくるようで、彼の歌唱法を完璧に習得した道重さゆみだからこそ完成できる曲。

 

13.私の時代!(SAYUMINGLANDOLL~宿命~ Ver.)
(作詞・作曲:つんく / 編曲:平田祥一郎)

底抜けに明るいこの曲も、この流れで聴くと胸が締め付けられてしまう。陽はまた昇る、終わりのない夜は無いんだと。こんなにかわいく「カモーン!」と言われたら、ついていくしか選択肢は無いだろう。

 

終わりに

まず、ここまでたどり着いてくださったあなた!相当な良い方だと思います。何か良いことがありますように...!

正直わたしには、道重さゆみという人の歌の力を、ハロプロ楽曲の旨味を、文字に起こせるだけの技量がありません。しかし、こんなに言葉があふれ出るほどの何かがあるんだということだけでも、お伝えできたとしたら幸いです。

お時間を頂戴し、ありがとうございました。


2018年秋、さゆみんKawaiiをめぐる冒険はさらなるステージへ...!!

sayuminglandoll.com

平成最後の夏に思ったこと

極めてマイペースに朝ドラ『カーネーション』の再放送を見ている。平日16時台という枠は国会中継、大相撲、甲子園やらで心安く番組編成が変わり、録画を貯めに貯めている私は新聞のテレビ欄を見ては小さくガッツポーズをとる。長編映画のインターミッションのような途中休憩。

今回視聴が滞ってしまったのは、小林薫演じる糸子の父・善作に自分の父を重ねてしまったからだ。善作の容態が思わしくない場面と並行して、父も入院をすることになった。慌ただしいという時間的な理由と、善作のいないそれからの日々を見たくないという精神的な理由とで、しばらく見られないでいた。幸い父は退院でき、生活も少しずつ安定してきたので、今日何週間ぶりかに続きを再生した。まとめ見て、長い戦争が終わった。

「また」や「いつか」に何の保証もないことはどの時代も変わらないけれど、そのささやかで切実な約束が不可抗力によって容易に刈り取られてしまうのが戦争だ。そこへ向かわないようにするために何が出来るのかを考えた時、例えば席を譲るとか、エレベーターの開ボタンを押すとか、店員さんに丁寧に接するとか、挨拶をちゃんとするとか、そういった小さな祈りを生活の中で捧げていくことなら出来るかもしれないと思った。常にその思いが根底にありさえすれば、言動を伝って届いていくだろう。絵を描いたり、文章を書くこともそう。その力を逆に利用されてしまったのが、転向だった。

もし自分の掲げる「反戦」「平和」が集団になびく形のものだとしたら、それがあの時代には「進め一億火の玉だ」だったとしても何ら不思議ではない。考えにくいけれど。今年亡くなられた絵本作家のかこさとしさんが満身の力を注いで伝えようとされてこられたのも、そういうことだと思う。自分の頭で考えられる力をつけていくこと。

 

...ということをカーネーションを見て思ったので、忘れないよう書き残しておこうという私的なブログでした。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

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ラブアンドピース。

ウナマス聴いてます。

ひさびさに文章が書きたくなったので、まだアルバムDisk2の途中ですが書きはじめてみます。

Juice=JuiceのCDを買ったのはこれで3度目です。最初は2013年の2ndシングル「イジワルしないで 抱きしめてよ/初めてを経験中」でした。ハロプロという沼に片足を踏み入れた頃で、リリイベ関係なく純粋に曲が好きで。特典でもらったコースターはどこかにやってしまいました。次は、そこから約4年半空いて今年のシングル「SEXY SEXY/泣いていいよ/Vivid Midnight」。やなみんのことが好きだ、という心の声に従おうという決意表明として。その1枚でシリイベが当たり、それが初めてのジュース単独現場で「濃い」という印象を受けました。

それでアルバムの話。前述したようシングルを全く追えていないため、自分にとってはほぼ全て新曲。寄せ集め感は感じませんでした。どれがアルバム曲なのかもさっぱり分からず嬉しいような悲しいような。作家陣は草創期から現在まで、ハロプロ20年の音楽史を詰め込んだような顔ぶれ。楽しい。なんやハロプロ気になるけどどこから聴いてえぇもんかさっぱりワヤや...という路頭に迷ったオタクさんがいたら是非ともこのアルバムをおススメしたいと思います。

個人的には「木を見て森を見ず」という言葉の意味を痛感しています。やなみんしか見えてなかった、見ようとしてこなかったことが悔しい、悔しい。スキルの高さはすでに個々に標準装備されていて、その高みにある領域、うまく言えないけど「この店えぇ出汁でてるなぁ〜」というような。まだド新規なのでいろいろ解明できていないのですが、ジュースの現場に感じた濃さは、昔ながらの味と新しい味とがここにあるからなのかなと、そんなことを思ったアルバムでした。

さて、もう一巡聴こうかな。ウナマス!

 

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